猫目の気まぐれ

2011年03月25日

階段で転んでる人をみたら、笑って手をさし出す。

2765083201_55a958db14.jpg
photo by dotbenjamin

友人と一緒に移動していたら
電車のホームで友人が転んだとして

そうしたら

笑いながら手を差し出したい。

自分なら「大丈夫?」なんて心配そうな顔で言われたら、なんか惨めな気がするから。優しさ

はときによって残酷な行為になると思う。


人に優しくできるのは、自分がその人より余裕があるとき。

でも、捕らえ方によっては


「下に見られている」


と感じ取れてしまう。


その人にとってたいしたことでもないのに勝手に「同情する」といわれて
それがぜんぜん同じ感情じゃなくて

2倍3倍にかってに膨らませられていたらたまったものじゃない。

階段でちょっとこけただけで、凄く心配でもされたら
逆に申し訳なくなっちゃう。


人の苦しみや辛さなんていうのは、本人にしかわからない。
または同じような体験した人が共感するぐらいだ。

TVやニュースなんかで勝手に作り上げたイメージは
まったくもって妄想の産物でしかない。

例えれば
海外がもつ日本人のイメージに時々違和感を感じるのと一緒で
経験したことない人から、イメージで何か言われても困るんじゃないか。


それでも、困っていたら手を差し出したい。


それなら
自分が思う勝手なイメージなんか捨てて、自分の経験からできる範囲のイメージでいいと思う。



僕がとても辛いとき、悲しいときを思い返せば

「悲しいね、辛いね」

なんて言われたくは無い。
「ありがとう」といいながら
「お前に何がわかるんだよ!」と内心でつぶやいてるだろう。


相手の辛さや悲しみがわからなくても
相手が転んでいたなら、手を差し出して

起き上がるのを手伝うぐらい

はできるとおもう。


「なーにやってんだよwww」

って笑いにする
僕なら、そうしてほしいと思う。


といっても相手の状況によって変わってくるけどね。

まあそんなことを思ったわけなので、記録です。
posted by 猫目 at 01:37 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック